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1トリトン(ジパング) [FR]2019/08/23(金) 07:46:38.58ID:IQPTLrs70●?2BP(2000)
ソ連兵に撃たれた「ダムダム弾」の痛みは今も――宝田明85歳、戦争体験とゴジラに込めた平和への願い
https://news.yahoo.co.jp/feature/1421

ハルビンの自宅で、両親といっしょにラジオの「玉音放送」を聞きました。父親と母親が、畳の上にへなへなとへたり込んだ姿をよく覚えています。
両親に「これ、嘘でしょう? 日本は負けてないでしょう?」って何度も聞きましたね。自分はこれからどうすればいいのか。
内臓をスポンとえぐり取られたような虚脱感というか、むなしい風穴が体の中に開いたような感覚でした。国家に洗脳されていた軍国少年でしたからね。

戦時中のハルビンでの暮らしは、とても楽しいものでした。広大な大地に沈む夕日の美しさ、美しい街並み、さまざまな国の人たちとの交流、毎日が刺激に満ちていたんです。
ところが日本が負けた途端、今まで威張っていたのに真っ先に逃げ出した軍や警察、そして役所のお偉いさん、いきなり態度が変わった中国人の知り合い、右往左往するだけの近所の人たち。
大人たちの嫌な姿をたくさん見せられました。

ほどなくしてソ連軍が満州に侵攻。大量のソ連兵が戦車で乗り込んできた。略奪や女性への暴行も目にした。宝田も危うく命を落としそうになる。

ある日、ハルビンの駅から2分ほど離れた場所に止まっていた列車に、ソ連に抑留されていく日本の兵隊さんたちがたくさん乗せられていました。
私は兄2人が兵隊に取られていたから、その中に兄貴がいるかもしれないと思って近づいていったんです。そしたら、兵隊さんたちが「来るな! 帰れ!」と叫びながら手を振っている。そのとき、警備のソ連兵にいきなり発砲されました。
もののたとえじゃなくて、本当に右の腹に風穴が開いたんです。

家に帰ってきたら、腹が血だらけで熱かった。2、3日すると、どんどん化膿してくる。近所に住んでいた元軍医さんが、裁ちバサミを火であぶって、十字にザクザクッと切って弾丸を取り出してくれた。もちろん麻酔なんてありません。
干したイカみたいに両手両足をベッドに縛りつけられて、「日本男児だろう。頑張れ」って言われたけど、日本男児でも痛いものは痛い。
失神するかと思いました。きっと大声も上げていたでしょうね。

出てきたのは、国際条約で禁止されていたダムダム弾という鉛の弾です。取り出さなかったら、化膿と鉛の毒でお陀仏だったでしょう。
今でも、天気が下り坂になると傷口がシクシク痛みます。それで、明日は雨だぞと教えてくれる。
ソ連兵は私の腹に気象台の分室をつくってくれたんです。おかげで映画にせよ何にせよ、ソ連が作ったどんな芸術作品を見ても、憎しみが先に立っていっさい感動することはできません。
作品に罪はないんですが、困ったものです。日本の作品に対して、同じ思いを抱く人もいるでしょうね。

136アケルナル(東京都) [ニダ]2019/08/23(金) 11:05:01.11ID:4l9MinTi0

おじいちゃんたちはソ連嫌っとるよなあ
40台ぐらいまでのおじいちゃんな

33ヒドラ(光) [GB]2019/08/23(金) 08:09:19.53ID:OVO1kNVb0

例えばすっげえ美女のロシア人が宝田明に迫ったらそれはそれでokしちゃうんだろうか?国家と個人は違うとか今はソ連じゃないとか言い出して